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-貴斐久美子公式サイト- |
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和歌山の花の何が 私にとっては違うか考えてたんだけど、 答えはよくよく考えたら簡単にわかったけど、 それだけは、やっぱ、言いたくないや。 結局、神奈川の親戚のお兄ちゃんに 『明日へ向かう今日のキミに』の設定本を 送れてないよ。 送らないままで良いとわかってるんだけど、 でも、あの日、わかってくれたかな。 お兄ちゃんは、 自分の人生に、自分の保育士の仕事に、 25歳になった私とあの日、逢って話したことで、 誇りを持ってくれたのかなぁ。 あの日、お兄ちゃんに逢ってなかったら、 きっともう私は駄目だった。 恋じゃなく確かに信じれるものが欲しかった。 だからせめて、作品くらいは、 お兄ちゃんみたいな生き方をしてる人のためにも、 久美子がこの作品を完成させたいよ。 子供のころ、和歌山に無くて、 大人嫌いだった私が子供になついて、 島根で初発見したのは、 天然の撫子。 アレ、和歌山にはありません。 本当に、子供だったお兄ちゃんが、 子供だった久美子がずっとさがしてた 大人になってくれてよかった。
私のサイトで随時更新をしている [日本四季色見本集]は、 『そもそも日本の四季を 知らない読者が多すぎる』 と思ったのがきっかけで、 やり始めた公開写真なので、 別用のオンライン公開が とても出来ない作品ストックも、 写真以外でもちゃんと考え始めています。 まぁ単純に、私の和歌山愛が 日本四季色の写真公開きっかけなんですけどね。 花だけは、どこに行ってもやっぱり、 和歌山の花が大好きなんです。 どこに行っても花だけは、違うんですよ、何かが。 『和歌山出身外の友人に 和歌山の花も【魅せてみたい】』 って考えちゃう。 先に担当様と知人編集長様には予告しましたが、 京都写真もこれから公開が入り始めます。 京都のほうは文化愛写真が多くなると思います。 勿論、私自身が大好きですよ、京都文化。
私が滋賀の大学に行った理由は、 2回目のアトリエじゃなく、 1回目のアトリエの先生が原因です。 絵が描くのが好きになった理由は、 2回目のアトリエが原因なんですけどね。 なんでも『楽しい』って基本で、 『絵を描き続ける』には 私には2回目のアトリエが 楽しかったんですけど、 『先生としての教え方』は 1回目のアトリエの先生が好きだったんですよ。 旦那様もかなり大尊敬してる洋画家様で、 05年に…何年ぶりだったっけ?(ヲイコラ) 個展を開かれて、 初めてそのときに直接お話していただきました。 昨日、丁度、手紙をいただいて、 『マジッスか?!』 なことがあったので、 いやなにが 『マジッスか?!』 はココでは言えないんですけど(笑)、 今年も先生に、 暑中見舞葉書は出さなきゃなぁ。
今日、丁度のタイミングで姉さん(=J君)が、 過去原稿使用の件で「使用OK」のメールくれた! あとのプライベートな会話は…。 …。 例えるなら、 長年連れ添った夫婦の会話に、 赤の他人が入っても果して楽しいのか。 本当に理解不能な会話内容しか出ませんよ!
私も漫画家で尊敬してる方、いますよ〜。 いや、もう漫画家じゃなく、 クリエーターとして尊敬の域ですよね。 ただ尊敬しすぎてて、 名前を上げるのが申し訳ないって言うか、 高橋留美子さん。 本当、『今の私』とは次元が違いすぎる方なので、 名前を勝手に公で上げてしまって 申し訳ありませんって感じですが…。 2004年01月にロサンゼルスに行ったとき、 ホームステイ先で、 2人兄弟の子供達に頼まれて描いたのが、 高橋留美子さんの漫画絵でした。 それは2002年07月に中国に行ったときも同じで、 中国でも高橋先生のアニメーションが、 普通に民家で流れてて、 子供たちがそれを自然に自ら観てて驚きました。 どこの国でもやっぱり子供が一番正直で、 …ああ… 高橋先生の存在を思い出したら本当、 自分、制作の初心を 危うく忘れかけてたと思いました。 [ 未来記録 | 過去記録 ] |